哲学ニュースというWEBに昔の写真が載っていたが、時代は不明だが、昭和25~27年
頃に見たような感じというか記憶がある。
写真1
これは見た、田を耕す道具はあった。
妻に言わすと、母と父の実家には住居に隣接して馬屋があったそう。
私の所には無かったが、総本家には馬屋や道具があったのかも知れないが、記憶にない。
写真2
昔は多分何処もこういう感じだったのだろう。
近所の90何歳の方が無くなった時のメモリーヒストリーで公表された写真もこういう感じ
だった。その方の父親は大卒、そういう家柄の普段の生活の写真も、ま~こういう感じ。
写真3
こういう田植だった。
母方の実家の田植えに参加した記憶がある。
ただ均等に植える為の道具は使ったように思う。
写真4
祖父、祖母、母の実家は瓦屋根で、立派な門はあった。
但し、65年位前の記憶、写真はそれより前だろう。
父を養子に出した生家の状態は分からない。
脱穀に使っている道具は義父の実家でみたが、祖母が亡くなった時に、義父が
そういう道具を全て焼却処分、今、思えば惜しい。
私の家系は百姓であるのは間違いがないが、先をたどれないので5世の祖以前は不明。
特に徳島市は戸籍を廃棄しているので、ほとんど、たどれない。
旧土地台帳も戦災で焼失、戦後に復元したのだが、当然、戦前の記載はない。
祖先の人々の努力で今の日本があるんだろうと感謝感謝だ。