HIGASHIMURATA’s blog

東村田昭の備忘録

妻の乳がん死に今更ながら思う事

もう10年は経ってる気がするけど、今年の11月で丸三年。

原因は妻の性格を見誤ったの一言、もっと強制しないといけなかったのだ。

思いつつままにかくと

 1)集団検診を進めたが受けたのは1回のみ、理由は痛いから

 2)ならばと人間ドックもすすめたが健康だからでうけず

 3)義妹の子宮がん発症時に検査を進めたが拒否

 4)乳房にしこりがあるから触ってといわれて触ったがわからず

   医者に行くことをすすめたがいかず

 5)その気になったのは義妹が余命を告げられて見舞いに行き、

   乳がんの検診ポスターを見たとき、やばいと思ったそう

 6)手術前の抗がん剤治療をつらいという事で1回でやめた

 7)手術後の抗がん剤治療を拒否、医者が再発しても知らないぞといっても

 8)乳房を残す手術を希望したが全摘出を説得

 9)コロナ下の時、そろそろやばいと感じたのでCT検査を進めたが拒否

10)私が同行して医者に直接頼むと実力行使を仄めかしてやっと検査

11)医者も無駄な検査という認識(マイカーが低い)だったが再発が露見

   この間で6ケ月は経過か(3ケ月に1回の再診だったので)

12)手術後にリンゴ+人参+レモン汁を飲み始めるが数か月で挫折

   理由はミキサーの掃除が面倒、汁の材料が高騰(季節物)

13)国内旅行に行きたがったのですべて協力(1回を除いて)

14)ホルモン剤治療を開始、そして終了

15)抗がん剤治療。これも数回でやめた

   医者が効いているというのに、苦しいからと

16)抗がん剤治療を止めた場合の余命宣告

17)抗がん剤治療下で3年の延命より1年を選択

  これほぼあたった

18)イベルメクチンを進めて、数回飲んだが口内炎がでて中止

   耳鼻科医が変な薬を飲むなと指示したらしい

19)5月に救急車で病院搬送、外科に入院

20)9月だったかに緩和ケアに入りたいというので承知

   医者は体調悪い時に入院、よくなれば退院を進めたが、そのまま

   私の感触ではまだ入るのは早いという医者の判断だったと言葉のはしはしに

   出ていた。

21)11月1日に死亡

   本人曰く、緩和ケアにはいると病状がすべて消えると思っていがが

   違った。消えたのは痛みだけ、他は自宅と同じ(下痢、便秘、動悸、食欲不振など)

緩和ケア入院を了解したのは末期ガンの妻の世話にギブアップ、もっと早く

在宅医療と要介護支援をしておけばよかった。

 旅行1回断ったのは行き先が上高地でここ2回目になるし、私がもう歩けないからだ

 

PSAが0.1以下に

原因不目なるもマーカーPSAが下がった。

免疫力向上策が効いているのかな~確かに風をひかない。

ワクチン接種してないけど、行動注意はした。

それと諦めない心かな~~妻は諦めたし、民間療法を信じなかった。

食い物だけでビタミン、ミネラルを接種するのは難しいのでサプリメントは

必要だろう。前立腺ガンを生き延びている者の感想だ。

やらないけど2年祭時期

11月1日に妻が亡くなったので、それ以前に祭事をしないとならないが

無しというか何が無常を感じる近頃だ。子供達もそういう動きなし。

妻方の親戚も同じ、だって真面目に考えると毎月になるか~~~祭事が。

だって何代にも亘る霊璽があるんだから死者が出ない月がないんじゃないの?。

お盆はやった、ご先祖をまとめてというかまとめられるだろう。

 私の性根が物理屋なんだろうね・・・死ねば無という意識がつよい。

ご近所の工学博士もお別れ会だった。宗教なしで。

ただ、不思議な事象はあると思う、経験したから、でもまだしんでなかった

時に起こったけど、看取り時だった。私も凄く疲れてたけど。

私の脳の誤作動かもだけど。

 祝詞だとかお経をよんで何がありがたいのかもわからんけど

2年祭やらず、日々のお供えも中止

2年祭開催の計画なし、もう17日だから今更ひらけない。

全く準備してないし。

11月で妻がなくなり2年経過なので、毎日のお供えも止める考え。

これ大した手間ではないのだが、面倒になっ足し、もういいかと思うしで。

祝詞奉納はもうやめて数か月、祝詞が記憶からどんどん消えて行っている。

 元同僚は20周忌(仏教)までやるそう、但し、父親のほうらしい

奥さんのはしないのかな~、奥さんがなくなってから40年は経過しているから

やらないのかな~、思えばお母さんは健在なのかな~。

2回目のお盆がちかずく

2回目のお盆がちかずづき盆だなはよういしたが、霊璽はまだ移していない。

13日近くでいいんじゃないかと判断。

 最近よく思うがお盆いつまで出来るのだろうかと、あと数回かな。

命日は忘れないが年度が怪しくなってきたわ

3ケ月だけ健康寿命が先送り

 前立腺がんが再発したと思っていたがマーカーが下がり、それを免れて

3か月間の再発ガン治療が伸びた、そういう意味での健康寿命が先送りだ。

 3ケ月/回の頻度で再発の有無を検査、もう8年目か?

最近は再発の判断数値0.2近辺をうろうろしているので落ち着かない。

そんなに長生きをしたくはないが、早死にもしたくないという複雑な心境だ。

 妻は太く短くを選び、早々にしんだ。

そうそうと言っても1年差らしいけど、治ることはないので、乳がん再発は。

 妻には細く長く生きるので、よろしくとは伝えていたが・・・無駄だった。

 で、最近思うのは、死ぬ何か月まえまで一人暮らし出来るんだろうかと、

それが分かれはその前に施設にはいり、そこで死ぬ、其れしかない。

妻の場合は3ケ月前位は動いてたかな~と記憶がどんどん失われていく。

5月には動けた、6,7,8,9月はどうだったんだろう。

10月に緩和ケアに入り11月初めに死んだ。

 そういうことで、私の時期は何時だろうと考えているのだ。

今のところ、介護保険を使い自宅で生活を計億する気持ちはない。

あ~~死に際を見つけるのは難しい。

 親父の場合は死ぬ1週間前まで自宅にいた、但し、独身の弟もいたけど。