9月17日(日)、今日で4日目だ。
今日の行事は納官、義妹や叔母さんの時の納官方法と全く違った。
葬儀社によって違うのかな~。
叔母さんの所では、末期の水を与えたが、今回は両手・両足を拭いた。
それと死化粧を遺族立会で実施、洗髪、顔を洗い、ひげそりと化粧だ。
足袋もはかした、その他、色々と違った。
遺族の間で、意見の相違が出たのは、守り刀、刀といっても白鞘造りの短刀だが、
伯父は刀袋に入っていないのがおかしいと言い張る。
私は遺体の上に置くのではなく、大小を刀掛けに置き、枕元に置くのが正常だと言った。
その目的は邪気を払うのだから、刀袋などに入れないと主張。
武家、農民の違いで差がでるんじゃないかと、因みに叔母さん宅ではなし。
伯父さんは神式と仏式で違うんじゃないかと言っていた。伯父宅には守り刀があったか
どうか不明だ。
私の時は大刀を刀掛けに掛け、枕元におくように妻に頼んだが・・・・・・・・・嫌そう。
葬儀屋と私が揉めたのは、会葬のお礼の葉書の書式。
喪主が東村田昭、その住所が亡くなった義父の住所、これはおかしいと言ったが、
葬儀屋は魂は住所に帰ってくるので、義父の住所が正しいという。
そうなら、喪主は義母でないとおかしいだろう。
そうできないのなら、葉書に喪主と親戚一同のみではなく、義母の名も入れないと
おかしいだろうと主張。私の氏は東村田、義父の氏が○○で違いすぎる何たらかんたら
と主張、葬儀屋が印刷し直すかと言いだしたが、すでに印刷済らしいので諦めた。
更に間違われると事だろう。
葬儀の方式も家族葬から一般葬に変った(変えた)と言われ、カチンときたが、諦めた。
それに伴い会場も広くなったと聞かされて、えええええ~~~。
色々と聞いてない~~~~があったが、はぁ~~だ。
葬儀屋の担当者が帰ったあとで、私に文句を言われても、怒らないのが偉いというので、
私だって東電さんから攻めまくられても、怒ったり怒鳴ったりしない、それが企業に勤めて
いる者には当たり前だと云い返してしまった。
最後は大事な1回目の打ち合わせに出なかった私が悪いし、長女の貴方が好きなように
したらよい、貴方がそうすると言えば、伯父さんや、うるさい遠縁さんも文句を言わない
と助言した。
解散直前に朝飯がどうのこうのと言いだした人がいた。
自宅で食べて来いと言いたかったが、火葬の待ち時間に十分な食い物を妻に注文させていた。
その旨を妻が答えると、何人前だと更に聞いていた。
返事は人数分以上はありますとかと答えていた。
18時30分頃か、夕食をごちそうになって帰宅。
千葉から叔母さんの娘が来ていたので、ニューヨークに支店があるのか確認するとあると
いうので、孫がニューヨークへダンスの勉強に行きたいと言っているらしいので、
10年後ぐらいだろうが、よろしく口利きをと頼んだ。
返事はう~~~~~~ん。
先すぎるという感じかな。