親が子供を車から降ろした場所を親自身がはっきり分からないと好意的に解釈し、
1回目の放置が車が走れる林道上で行い、効果が出なかったので、
わき道又は獣道に徒歩で入り放置したのだろう。
更に、子供に何かをさせている間に親が消えた(逃げた)と推理する。
例えば、わき道からヤブの中に何かを投げ入れ、見ているから取って来るようにと指示。
子供が必死で物を探して、親に渡そうとしたとき、親が居なくて、方向感覚を喪失。
親を探す為にわき道にでようとしたが、方向を間違い出られず、または、わき道には出たが林道方向と違う方向へ進行してしまった。
上のような状況を作ると、大の大人でも遭難してしまう。
また、警察犬が役に立たなかったらしいが、放置場所が違えば役にたたないだあろうし、行方不明の子供の匂いが付いた物の適不適もあるだろうし、熊の匂いでもしたら犬は動かない。
熊用猟犬なら動くだろうが、子供をかみ殺す危険性もあるので、離せない。
以上は親を信頼した時の推察だ。
無事に見つかることを願うが、親に悪意があれば見つからない。
しかし、躾けとは思えない躾け。
殺意があったように思う、ここで云う殺意とは殺そうという事ではなくて
どうなってもよい、知らんという無意識の意識だ。