HIGASHIMURATA’s blog

東村田昭の備忘録

徳島市立富田中学校の38年度同窓会の件

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38年度同窓会の幹事の方よりメールがあり、事実がはっきりした。

38年度同窓会というのは39年に卒業した人達の集りだった。

39年3月に卒業した人達の同窓会の名前を38年度同窓会と称しているとのことだ。

理由は、40年3月に卒業した人達の同窓会の名称が39年度同窓会なので同じ名前に

出来なかったのだそうだ。

担任の名前が小泉先生でないのが理解できたし、自分の顔が判別できなかったのは当然だ。

中学校時代の同窓会に出たい、当時の同じ組の同級生に会ってみたいなんで、

下衆の極みなんだろうけど、本心、会って、その後、どうしたなんて話してみたいのだ。

38年度同窓会の幹事から、38年3月に卒業した人達の同窓会の有無は

分からないという事もメールに書かれていたので、またまたインターネットで探したが

ヒットせず。世話好きがいないと、同窓会なんて企画しないだろう。

当時の同級生の名前で記憶にあるのは、原さん、四宮さんと吉田君。

原さんは元気なようだが、電話する度胸がない。他2名は不明。

何せ、50年前のことだし、忘れられていると悲しいし、覚えていてくれると恐いし。

小学校6年の時の担任は船越先生、一度ご挨拶に行きたいが、どうだろう。

家が近所で、母が嫁を紹介してと頼み、了解されたので、どういう人だったのか知りたい

というのが深層心理。

履歴書・写真送れコールが凄かったが、送らず、親不孝の極みか!。

もう一件は、遠縁の女性、叔父より凄かったらしいが、これは血族はダメで押し通した。

叔父というより、祖母だろうと推測、母方の祖母に凄く気に入られていたから。

色々と思い出す。