HIGASHIMURATA’s blog

東村田昭の備忘録

一年祭パス

明日が一年祭(妻が亡くなった日)をやった方がよい日だがパス。

しかし、一応神饌は準備、海の物、山の物、野の物とお菓子を六宝に並べた。

当然、酒、塩、米、水、其れとお膳としてのお茶と飯はいつもの通りだ。

玉串奉奠に変えて献米を準備、其れと椅子。

だから、無いのは神官による祝詞と華やかさだ。

 お菓子は煎餅だが、何か申し訳ないので饅頭を買いに出かけたが

賞味期限が短く11月3日なので止めた。

最低でも5個はいるので賞味期限が短いと食べきれなく捨てる羽目になるからだ。

 今日の朝、妻の友人が明日お参りに来るが良いかと聞いてきた。

駄目とは言えないから了承、何も持たずに来てくださいとお願いしたがどうなるやら。

突然来る人もいるかも知れないので悩んだが献米にした。

 椅子を用意したのは確実に来るだろう2人は座れないからだ、80歳近くなると

正座できない方は本当に多いが、普通に歩いてるから見た感じでは分からん。

 そうそう、霊璽をお宮から出すか、お宮の戸を開けるだけにするかは未定だ。

鞘をとるかも未定だ、お宮の中を訪問者に見せるのもサービス、見たいらしいよ。

 

そろそろ衣変えか

室温が23℃位あるのに寒さを感じるようになった。

昨日までは素足で靴下なし、昨日からあり。

肌着は夏用の半袖だが、タンスから長袖を引っ張りだしたがまだ来ていない。

洗った方が良いのか臭いがするし、黄ばんでいると感じるのは夏用の肌着は

新しいのに買い換えたかめか?

タオルでの襟巻をするようになった。

毛糸の帽子(名前が出てこない)をかぶり始めた。

ズボン、シャツ、コートはミドリ安全の作業服だ、これポケットが多くて便利。

でもこれら冬用のもの、夏場にもこれを着ていた

 衣替え、作業着でない服に変える時期でもあるか、家庭菜園もう作業ないし。

1年祭やらない方向

妻が11月1日に亡くなったので、そろそろ1年祭の準備が要。

でも何もしていない。何かもう面倒で、気力がでない。

 何もやらないのは不味いとおもうので、一人でやろうと考えている。

普段以上の神饌をならべて、私が祝詞を読んで、終わり。

 これが終わると日常的な神饌の献上も止める考えだ。

でも、心の奥底ではなんか不味いという気もあるのが不思議だ。

新盆の片づけ

16日にお盆は終わったが片づけが27日になっても終わらない。

門提灯台の分解と保管が残ったまま、段ボール箱は捨てずにあるのだが、

それを置いた場所がクローゼットの上で下ろせないのだ。

 老化の速度は早い、組み立ててから1ケ月は経っているが、わずか1ケ月で

箱が下ろせない、下ろしたとして物を入れてまたクローゼットに上げられる自信がない。

 とういことで、廃棄するか悩んでいる、来年は如何するとか、来年はあるのかとか。

同居家族は必要だと最近つくづく思う。

小便回数が激減

水は1.7L程飲んでいるのに小便する間隔が8時間毎になった。

以前は4時間毎位。

汗はものすごくでる、下着は濡れてる感じだ。

おかげで夜に小便におきることがない、いいことなんだろうか。

小便分が汗として出ている?

それとも体調異常?

妻の死への私の後悔(3)

一言で言うと信頼しすぎた、悪く言うとホッタラカシにした、特に健康管理に関して。

もっと早く乳がんを見つけていたら、どうなったかは分からないけど。

乳がん検診を受ける様に常に1言伝えていたが、マンモグラフィーは痛いので

嫌という返事に何となく納得した。

 自覚症状はあったはず、だって病院のポスターを見て、”やばい”と思った

と手術前に教えられたから。

 そうそう、シコリじゃないかと乳房を触らされたこともあった。

素人が触っても分かるものじゃないので、病院へ行けで終わらした

強引に病院へ連れて行けば、まだ生きてたかもと思うと後悔だけ。

一緒に行こうという文言不足だわ。

 そろそろ再発の可能性大だから検査して貰えと伝えたが、これも口先だけ。

医者に捩じ込めない性格というか、医者を信じすぎかな~。

でま~2度目の要求で医者が検査を受け入れ、CT撮影したが

4~5月が1度目より経過、この時間が惜しいと私は思うのだが・・・・。

 経過観察中に同行しなかったのが大失敗。

経過観察中に人間ドック受診も勧めたが、ダメだった、どういう自信だったんだろう。

もっと推測すればガンは治るという認識だったのかな~と思う。

 結論はもっと細かく親切に丁寧に強引に色々させるべきだったんだろう。

 

妻の死への私の後悔(2)

副作用だと主張されても長期にイベルメクチンを服用させるべきだった。

後悔はこれに尽きる!

効けば儲けものという感覚で、今の私はそういう感覚で飲んでいる24mg/日を。

妻はこれが出来なかった、効かないという深い深い先入観に捉えられて。

口内炎が酷くて耳鼻科へ行き、イベルメクチンの話を医者にした所、

服用を止めろという指示があり、それに妻が従ったのは当然か。

私より医者を信じるだろう普通は・・・・でもね。

私も強く勧めなかったのは口内炎が普通できない場所にできたと教えられたから

だが、口内炎はよくできていたのでアズレンを乳腺医から処方され毎日のウガイを

薦められていたが妻は無視し、痛い時のみウガイしてた。

 これには注意したが聞き入れられなかった。

返事は分かっただつたけど、実際にはしていなかった。

残ったアズレンを今私が消化中、歯茎の腫れ対策で、歯科医がくれないので。

 緩和ケア入院後にもイベルメクチンを飲ますべきだったかなと思う。

でも、流石に効かないだろう、死の1ケ月前ではと思い口にも出さなかった。

 イベルメクチンが前立腺がんに効くかどうかは私で実験中。

今思えば、コロナ禍で妻が発熱した時には強引に服用させた。12mgだったか。

この時から続けていたらと後悔している。

副作用の訴えはなし、まだまだ体力があったのだろう、免許証の更新に

行けるぐらいだから、当然、私が付き添い。その翌日に私が発熱し

3日服用したか?、以来、コロナ禍では断続的に服用して今に至る。

最近は再発するかもと主治医に言われると、連続30日とか服用し、医者の

予想を裏切っている。当然だがβカロテン、ビタミンC、D、亜鉛

積極的に服用、妻はこれが出来なかった。

 がんを治すのは薬剤という信念、免疫だという私を信じなかった。

ガン主治医に本人面前で総合ビタミン剤&ミネラル剤を服用しても良いと

言われたが服用せず、そういうのは食材からとるというのが信念。

元気で食事がとれるならそうだが、食べられなくなりそれはないだろうと話したが

考え変わらず、そりゃガンの悪化+栄養不良で体調悪化もするだろう。

 どこかで死の行程に入ったのだろう。

これを察知できなかったのが最大の後悔かな、察知しても説得できなかった。

 最近、よくこういう反省が頭に浮かぶのだ